【永遠の謎】勉強をする意味【わからない】

 

こんにちは、やまぴー(@Astro8754)です。現在はフリーランスとして生きていますが、以前は教育関係の会社で営業をやっていました。

 

今回は飼い犬の紹介レベルの記事を書くつもりです。でも僕は犬を飼っていないので、代わりに「勉強をする意味」について −

 

曲がりなりにも「勉強をする意味」を考えたことがあるので、文章に起こしてみようと思います。

 

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勉強をする意味

 

さて、「勉強をする意味」ですが、先に結論を書きますと、

 

「世の中の仕組みを知るため」

 

だと考えています。飼い犬の紹介以上につまらない答えでごめんなさい。でも、

 

「勉強ができる人は世の中の仕組みに詳しいの?」

 

と考えると、なんか違う気がしました。勉強といっても、「教わる勉強」「学ぶ勉強」が別々のロジックで動いていることは無視できないので、分けて考えてみます。

 

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教わる勉強

 

「教わる勉強」の代表例が、学校で先生から教わる国語、数学などの勉強かと思います。まずは言葉を入れ替えてみましょう。

 

「教わる勉強ができる人は世の中の仕組みに詳しいの?」

 

どうでしょうか。もちろん一概には言えませんが、テストが解けるだけでは変わりゆく世の中の仕組みは追いきれない気がします。でも、

 

せいと
じゃあ、学校の勉強は必要ないね!

 

とは思いません。それは、「教わる勉強」「学ぶ勉強」のためにあるからです。

 

僕は、正しく学ぶためには「リテラシー」「思考体力」が必要だと思っています。この2つを身につけるために、「教わる勉強」があるといったところです。

 

せいと
「リテラシー」や「思考体力」ってなんだよ。

 

「リテラシー」とは物事を正しく解釈して、自分で表現できるようになる力です。「教わる勉強」を重ねることで、インプットするコツをつかんだり、アウトプットの精度を上げたりできます。これが「教わる勉強」の持つ訓練的性質です。

 

「思考体力」とは仮説検証をくりかえして、本質に近づく能力です。「教わる勉強」を重ねることで、貯まった知見から筋の良い仮説を立てたり、運よく最初から本質をつかめたりできます。これが「教わる勉強」の持つコンテンツ的性質です。

 

 

たとえば、テクノロジーを学ぼう!と思ったとき − まず、数学的科学的知識がある人とない人では、前者の方が同量のリソースから得られるインプットの精度が高いと予想できます。また、経済的知識がある人の方が、そこから立てられる仮説の精度は高いでしょう。

 

このように、「リテラシー」「思考体力」を高めると、「学ぶ勉強」の精度が高まります。

 

だから、「教わる勉強」だけで終わりでは意味はありません。言ってしまえば、学歴だけ高くても学び続けなければ意味はありません。

 

やまぴー
僕は経済的知識がクソ雑魚なのでたまにテクノロジーが学びにくいです…。

 

学ぶ勉強

 

では、度々登場している「学ぶ勉強」についても考えていきましょう。教わる勉強」との大きな違いは自由度かと思います。

 

会社員で言うと、社内研修や社内で2次的に得られる情報ではなく、自分の興味のままに起こす学びを指します。

 

僕も経済とテクノロジーへの興味が強かったので、会社員をしながらなるべく勉強していました!

 

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では、こちらはどうでしょうか。

 

「学ぶ勉強ができる人は世の中の仕組みに詳しいの?」

 

これこそ、「イエス」だと思っています。学ぶ必要性を理解している点で割と「イエス」ですよね。学ばない=インプットが自分の所属内のみだと、知見は所属に偏ってしまいます。

 

ポンコツな僕は伸びる組織に属したことがないのでわかりませんが、市場の変化に対して所属組織によるフィルタリング済みの情報だけではなく、生の情報を正しく理解して仮説検証できる人が多い組織が伸びる組織だと思います。

 

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し逸れましたが、「学ぶ勉強」によって「世の中の仕組みを知る」ことができるのは割とそうかなと思います。中の勉強ではなく、外の勉強を優先するイメージです。

 

まとめ

 

いかがでしたでしょうか?

 

「教わる勉強」ができて、「リテラシー」「思考体力」があるから「学ぶ勉強」もできて、それが「世の中の仕組みを知る」ことにつながる。まとめると、こんな感じ↓だと思います。

 

 

記事のテーマは「勉強をする意味」、結論は「世の中の仕組みを知るため」でした。実は、よく言われる「勉強しない奴は仕組みに搾取されやすい」から逆算して考えたものでもあります。

 

ちなみに、僕は勉強をしてこなかったことを悪だとは思いません。「リテラシー」と「思考体力」は弱まりますが、パワープレイで「学ぶ勉強」をできる場合があるし、そもそも学び直せるからです。

 

それと、「考えたけどやっぱり勉強する意味はわからない」のであれば、きっと勉強をしてはいけません。ちゃんと考えたのであれば。「周りがやっているからやる」ははるかに無価値です。

 

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「勉強をする意味」は十人十色に意見が分かれるテーマだと思います。この記事は個人的見解にすぎませんし、ベストは個人的見解を全員が持つことだと思っています。

 

ヒントになれば、とは言いません。考えるきっかけになれば、それだけで嬉しいです。

 

以上、≒飼い犬の紹介でした。

 

やまぴー
Have fun!